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野球の歴史を色々調べてみた(球場・用具編)

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こんにちは、すぎるです。

今回は、「野球の歴史(ルール編)」についてお話していきたいと思います。

以下が本記事で解説する野球の歴史になります。

・日本最初の野球場は?
・バットの色って決められている⁉
・ボールの縫い目はいくつある?
・ユニホームの始まりはいつ?
・スパイクの始まりはいつ?
それではいきましょう。

・日本最初の野球場は?

日本最初の野球場は、新橋鉄道局内に作られた野球チーム、新橋アスレチック倶楽部が、1882年(明治15年)、品川停車場近くに新設した球場で、「保健場」と名付けられました。

→仕事を終えた従業員がここで練習をし、保健の道を講ずる意図があったのではないかとされています。(今でいう福利厚生施設?)

このグラウンドは、倶楽部のメンバーが草を刈り、地ならしをする勤労奉仕で作られました。

・バットの色って決められている⁉

そもそもバットは、1880年代、アメリカで刑務所が壊された時、絞首台からヒッコリー(クルミ科の広葉樹)が多く出て、バットに作り替えられました。

日本で使用されるバットの色は、バットそのものの素材の色のほかは、焦げ茶、赤褐色、黒だけが認められています。

・ボールの縫い目はいくつある?

スポーツメーカー大手のミズノによると、アメリカで最初に作られたボールの縫い目は116でしたが、1948年に108になったようです。

縫い目が多いと糸穴の間隔が狭くなって破れやすく、逆に少ないと縫い目の間隔が広くなり、糸が切れやすくなるからで、108という数字に特別な意味はないようです。

ちなみに、プロ野球で使用される硬式球は、牛の背中部分の皮が使われ、牛1頭からできるボールは約100個と言われています。

・ユニホームの始まりはいつ?

初めてユニホームを着たのは1849年、アメリカ・ニューヨークのニッカーボッカー・クラブです。この時のユニホーム姿は、白いポロシャツに青ズボン、麦わら帽子という感じでした。

初期には背番号はなく、番号をつけるのは「選手を囚人と見るみたいだ」と反対されたといいます。

日本では、野球草創期に学生チームが襟付きのユニホーム着用していました。

・スパイクの始まりはいつ?

スパイクシューズは金属製のビョウがついたクリケットのものを転用したのが始まりだと、最初の野球チームの「ニッカボッカ―ズ」の記録(1849年)に記されています。

シューズ裏の刃の数も、土踏まずを境に前後に3本ずつの刃がついていた6本刃から、現在は足の動きに合わせて指の付け根部分の靴底が曲がるように8本以上が主流となっています。

今回は、以上となります。

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