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野球の歴史を色々調べてみた(ルール編)

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こんにちは、すぎるです。
 
今回は、「野球の歴史(ルール編)」についてお話していきたいと思います。
 
以下が本記事で解説する野球の歴史になります。
・なぜ野球は9人で行うスポーツなのか
・なぜ「ストライク」なのか
・なぜ「四球(フォアボール)」で出塁できるようになったのか
・ダイヤモンドはなぜ「左回り」なのか
・9イニング制はいつから始まったのか
・打球が走者に当たったらどうなるのか

・なぜ野球は9人で行うスポーツなのか

そもそも野球は、イギリスで行われていた球技が17世紀以降に移民などによってアメリカへ伝わり、現在の形に変化したとされています。

野球の原型と言われる「タウンボール」に親しんでいたアメリカ人カートライトが、1842年にニューヨークのマンハッタンで「ニッカボッカ―・ベースボール・クラブ」を設立しました。その3年後に世界初の野球規則を作りました。

「タウンボール」には厳格なルールがなく、人数も定められておらず、多くの人々が楽しんでいましたが、ニッカ―ボッカ―・ルールでは1チームを9人に定め、ポジションも明確にしました。ダイヤモンドの大きさも、本塁から二塁、一塁から三塁の距離が42歩(約38・7メートル)と決められました。

・なぜ「ストライク」なのか

1845年に出来た最初の野球規則ではすでに「三振で打者アウト(空振りだけ)」と定められていました。
 
当時のゲームは親睦の意味合いが強く、投手は下手投げで打ちやすい球を投げ、打者も高低のいずれに投げてほしいかリクエストできました。
 
しかし、勝負を争う競技へ変化するうちに、打てそうな球が来るまで待つ打者が増えて試合が長引いてしまいました。
 
そこで、良い球なら審判は「グッドボール」と叫び、この後見逃した打者に「Strike(打て)」という勧告の意味でストライクのコールをするようになりました。投手が上手で投げられるようになったのは1884年からで、その3年後には打者が高低を指定できなくなりました。

・なぜ「四球(フォアボール)」で出塁できるようになったのか

ボールを数えるようになったのは最初の野球規則ができた18年後になります。初めは9ボールで一塁へ進めましたが、段階的にボール数が減っていき、1889年には「4ボール」となりました。
 
一説によると、スピードアップを図り、競技性を高める工夫だったとされています。打ちやすい球を見逃した打者への勧告としてコールされたストライクに対してボールは「unfair ball(不正球)」が略されたとされています。
 
ちなみに、日本球界で1試合での最多与四球は近鉄時代の野茂英雄投手の16が最多です。1イニングでは田村満投手の7個が最多となっています。
 

・ダイヤモンドはなぜ「左回り」なのか

現在、ダイヤモンドは左回りだが、野球の原型とされる19世紀の「タウンボール」には厳格なルールがなく、地域ごとに様々な楽しみ方があったため、どの塁へ走っても良い場合もあったようです。野球ルールが作られた19世紀半ばには、左回りに統一されていたらしいが理由は定かではないようです・・・

諸説によると、

➀心臓が体の左側にある

②左足は身体を支え、右足は推進する働きをする

ことから足の機能の違いからダイヤモンドを左回りに走るようになったという話もあるようです。

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・9イニング制はいつから始まったのか

19世紀の最初の野球規則では、9イニング制ではなく、両チーム同数のアウトという条件の下で、21点先に得点したチームが勝ちだったようです・・・

9回制になったのは1857年だが、アウト数は同じなのでリードしているチームも9回裏3アウトまでプレーしなければなりませんでした。

現在のような9回裏なしやサヨナラゲームが始まったのは1880年からです。

・打球が走者に当たったらどうなるのか

野球規則では「野手に触れていないフェアボールが審判員または走者に触れた場合」には打者は一塁を与えられると決められています。

野手が守備をできる機会を奪ったと判断された場合に適用され、打者に触れた走者は守備妨害アウト打者にはヒットが記録されます。

以上が、野球のルールにおける歴史になります。

今回は、以上となります。

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